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デザインの意味伝達|記号学・記号論と認知科学的アプローチ

デザインの意味伝達は、記号と認知の関係に重要な要素があります。デザインは、視覚的な要素を通じてメッセージや情報を伝えるためのプロセスです。この意味伝達のプロセスでは、記号と認知が密接に結び付いていて、記号と認知の相互作用によって成り立ちます。
デザイナーは、適切な記号を選択し、それを認知の観点から理解されやすくするための戦略を考慮しています。また、文化的なバリエーションや異なる受け手の背景を考慮することも重要です。

 

ここでは、デザイナーがどのようにメッセージや情報の伝達を考え、構築していくのか、記号学と認知科学を主題として、主に記号学を中心とした解説を試みます。
認知科学的な考え方については、こちらの記事をご参照ください。

記号と認知

記号は、デザインにおいて重要な役割を果たします。この記号とは、具体的な形や形状を持つものや抽象的な意味を持つものであり、人々に対して特定のメッセージやアイデアを示すために使用されます。例えば、ロゴやアイコンは記号として機能し、特定のブランドや概念を表現する役割を果たします。

認知は、人々がデザインや記号を受け取り、解釈するプロセスです。認知は、個々の経験、知識、文化的背景などに基づいて行われます。人々は記号を認識し、それに意味を与えることでデザインの意味を理解します。例えば、特定の色や形状は、文化的な背景や個人の経験によって異なる意味を持つ場合があります。

デザインの意味伝達において記号と認知の相互作用を理解することは、効果的なコミュニケーションを実現するための重要なスキルです。デザイナーは、デザイン要素や記号の選択に慎重に取り組み、受け手が意図したメッセージを正しく理解できるようなデザインを作り上げることが求められます。

記号学とは

その名のとおり、記号やその使用に関する研究を行う学問です。人文科学や社会科学の一分野である記号学は、言語学、認知科学、社会学、文化人類学などの多くの分野で応用されており、情報伝達や意味の理解に関する理論的な枠組みを提供しています。

記号学の概要

記号学では、さまざまな種類の記号を研究し、その特性や機能を分析します。言語記号(言語における単語や文字)、視覚的記号(イメージやアイコン)、音声記号、身体言語など、様々な形式の記号が対象となります。これらの記号は、特定の意味やコンセプトを表現するために使用され、コミュニケーションや情報伝達に重要な役割を果たします。

記号学の基本的な考え方の一つは、記号と意味の関係を探求することです。記号は通常、人々が共有する意味や文脈によって機能します。例えば、言語の単語は特定の意味を持ち、その意味は共通の言語コミュニティで理解されます。また、視覚的なアイコンやシンボルも、文化的な背景や社会的な習慣に基づいて特定の意味を持つことがあります。

記号学の研究範囲

記号学はまた、記号の生成、解釈、および変化のプロセスを研究します。どのようにして記号が作られ、どのようにして人々がそれを理解するのかを分析することで、コミュニケーションの効果や誤解の可能性を理解することができます。

さらに、記号学は文化的なバリエーションや異なる社会的背景による記号の解釈の違いにも関心を持っています。言語や記号の意味は文化や社会のコンテクストによって変化する場合があり、異なる文化間でのコミュニケーションの障壁となることがあります。

記号学を理解することは、デザインにおいて意味伝達を考慮する上で重要です。デザイナーは、デザイン要素や記号の選択において、受け手が意図したメッセージを正しく理解できるようにするために、記号学の原則や理論を活用することが求められます。

記号学の基礎理論

記号学の起源は古代ギリシャに遡ります。ギリシャの哲学者プラトンやアリストテレスは、言語や符号の役割について考察しました。しかし、近代的な記号学の基礎は、スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールによって確立されました。彼の著作『一般言語学講義』(Course in General Linguistics)は、記号学の基礎理論を提供し、20世紀の言語学や文化研究に大きな影響を与えました。

記号学は多様な学派やアプローチが存在し、その代表的な学者は多数存在しますが、ここでは代表的と思われる(…バルトが入るのは私の好みですですが)、3人を紹介します。

ソシュールの言語記号論

ソシュールの言語記号論では、言語は記号システムであり、その機能はシニフィアン(signifiant)とシニフィエ(signifié)との関係によって成り立っています。

シニフィエ、シニフィアン

シニフィアン(signifiant)」は、言葉や記号の形式的な側面を指し、具体的な音声や文字の組み合わせや視覚的な形状などを含みます。

一方、「シニフィエ(signifié)」は、言葉や記号が指し示す意味や概念の側面を指します。つまり、シニフィエは言葉や記号が表す内容やイメージです。

ソシュールは、言語記号がシニフィアンとシニフィエの関係によって機能することを強調しました。言語の使用者は、特定のシニフィアン(音声や文字)を受け取ったときにそれを特定のシニフィエ(意味や概念)と結び付けることによって意味を理解します。

このシニフィアンとシニフィエの関係は、言語の機能や意味の形成において重要な要素となります。

例えば、”リンゴ”という言葉において、”リンゴ”がシニフィアン(音響的な形式)であり、実際のリンゴそのものを指しているとすると、そのリンゴがシニフィエ(概念や意味内容)となります。言語において、シニフィアンとシニフィエは結び付いて特定の意味を成立させます。

また、ソシュールは意味が社会的な合意に基づいて形成されると主張しました。言葉や記号が持つ意味は、特定の言語共同体や文化内での合意や規範によって形成されます。例えば、”リンゴ”が果物を指す意味を持つのは、ある文化や言語共同体での合意に基づいています。

バルトの記号学

ロラン・バルトは、20世紀のフランスの文化・メディア研究者であり、セミオロジー(記号学)の分野で重要な貢献をしました。

デノテーション、コノテーション

バルトの記号学では、デノテーションとコノテーションという概念が重要な役割を果たしています。これらは、言語や画像などの記号が持つ意味を理解するための基本的な要素です。

デノテーションは、記号の直接的な意味や指示する対象を指します。言葉や画像が持つ具体的な意味や事物を示す部分です。例えば、単語「車」は、デノテーションとして「自動車」という具体的な乗り物を指し示します。デノテーションは普遍的で一般的な意味を持ち、言語や文化を超えて共有されることがあります。

一方、コノテーションは、デノテーションの裏側にある文化的な要素や感情的な関連性を指します。コノテーションは、追加的な意味や感情を伝えるために記号が持つ文化的な要素を捉えます。言葉や画像が持つ暗示的な意味や連想的な要素を表現し、特定の文脈や文化的背景によって解釈が異なる場合があります。

例えば、単語「家」のデノテーションは「住居」という具体的な意味を持ちますが、コノテーションとしては「安らぎ」「家族」「ぬくもり」といった感情や文化的な価値観を連想させることがあります。また、画像や広告などの視覚的なメディアにおいても、色彩や構図などの要素がコノテーションを形成し、視覚的な感情や連想を引き起こす役割を果たします。

パースの記号論

チャールズ・サンダース・パース(Charles Sanders Peirce、1839年-1914年)は、アメリカの哲学者、論理学者、心理学者、そして記号論的な思想家です。彼は複数の分野で業績を残し、特に記号論において重要な貢献をしました。

アイコン、インデックス、シンボル

パースは、記号をアイコン、インデックス、シンボルの3つのカテゴリに分類しました。

アイコンは、外見や形状が対象物や概念と類似している記号です。例えば、絵画や写真は対象物の外見を再現するため、アイコン的な記号と言えます。アイコンは直感的で直接的な関係を持ち、視覚的な類似性に基づいて理解されます。

インデックスは、対象物との因果関係や接触に基づいて関連付けられる記号です。例えば、煙は火の存在を示すインデックス的な記号です。インデックスは結果や証拠として機能し、因果関係や関連性を示唆します。

シンボルは、社会的に構築された意味や規約に基づいて解釈される記号です。言語、記号体系、文化的な象徴などがシンボル的な性質を持ちます。シンボルは約束事や共有の意味を通じて理解され、文化的な背景や社会的なコンテキストに依存します。

パースのアイコン、インデックス、シンボルの分類は、意味や理解の過程において異なる役割を果たす記号の特性を示しています。それぞれのカテゴリに属する記号は、異なる方法で知覚され、解釈されます。この分類は、コミュニケーションや意味論の研究において重要な枠組みとなっています。

パースへの批判

パースの定義において、インデックスとシンボルに対する批判が存在します。

まず、インデックスは直接的な因果関係を持つものとされています。例えば、煙は火のインデックスとされますが、現実の世界では、因果関係がこの例の様に直接的ではなく、間接的である場合があります。そのため、インデックスの定義には限定性があると指摘されます。

また、シンボルの意味が固定されるという批判もあります。パースの定義では、シンボルは社会的な合意に基づいて意味を持つとされますが、実際のコミュニケーションでは、シンボルの意味は文脈や文化によって変化する場合があります。また、個人の経験や知識によっても解釈が異なることがあります。そのため、シンボルの意味が固定されるという考え方には限定性があるとされます。

こうした批判や議論を通じて記号論は発展してきたため、パースの定義がすべての場合に適用されるわけではなく、柔軟性や文脈を考慮した解釈が求められることが理解されています。
これらの基礎理論に基づいて、記号学はさまざまな分野で応用されており、コミュニケーション、文化研究、デザイン、マーケティング、メディアなどの領域で意味の解釈や情報伝達のメカニズムを理解するために重要な枠組みとなっています。

記号による非言語の情報伝達

文字記号や言葉ではない記号も、意味伝達に使われるという点では言語のようなものですが、ここでは非言語として扱います。非言語の情報伝達は、言語的な言葉や文法を使わずに、視覚的、聴覚的、触覚的な手段を通じて行われる方法です。

非言語の情報は、言葉や文章以外の形式の記号を使用して表現されます。これには、視覚的な要素や身体的な表現などが含まれます。

非言語の情報体系と意味の発生

例えば、色彩は情報を伝えるための重要な要素です。異なる色彩は感情や意味を表現するために使用され、ロゴデザインや広告などで効果的に活用されます。形状や図形も意味づけに重要な役割を果たします。特定の形状は象徴的な意味を持ち、身体的な特徴や対象の特性を表現することがあります。

さらに、グルーピングやレイアウトも情報の伝達に寄与します。情報を適切にグループ化し、配置することで、関連性や階層関係を示すことができます。例えば、ウェブページのナビゲーションメニューは、視覚的なグルーピングや階層化によってサイトの構造を示す形式「シニフィアン」であり、ユーザーはその形式から概念を理解し、「サイト内の情報を展望・アクセスできるもの」と認識する「シニフィエ」として機能します。

ボキャブラリーと文法

このように、視覚的な意味の構成は、WEBデザインやグラフィックデザインをはじめ、服飾、ダンス、音楽など、さまざまな分野において、独自のボキャブラリー(用語や記号の集合)と文法が存在しています。
これらのボキャブラリーは、その分野の専門家や関係者が共有し、意思疎通や表現を行うために使用されるものです。

例えば、ダンスには独自のボキャブラリーが存在し、ステップやムーブに関する用語が使用されます。
これらの用語はダンスの要素や動作を特定のカルチャーやスタイルで意味づけするために使用されます。
ダンスのボキャブラリーは、ダンサー、振付師、ダンス教師、評論家、観客など、ダンスに関わる人々の間で共有されています。

ダンスのボキャブラリーは、ダンスのスタイルやジャンルによって異なる場合があります。例えば、バレエ、ジャズダンス、ヒップホップ、モダンダンスなど、それぞれのスタイルには独自の用語や動作パターンが存在します。
また、特定の文化や地域のダンススタイルには、独自のボキャブラリーが存在する場合もあります。

デザインのボキャブラリーと文法

ダンスの場合と同様に、デザインにも表現の原則に関連するボキャブラリーや文法が含まれます。
デザインにおけるボキャブラリーとは、カラーパレット、フォント、フォルム、レイアウト、バランス、コントラストなどの視覚的な要素を指します。
これらの要素は組み合わせることで、異なる意味や印象を生み出すことができます。

デザインの文法とは、これらの要素を組み合わせる際に遵守すべきルールや原則のことです。例えば、カラーパレットの選択やフォントの組み合わせ、要素の配置やバランスの調整などがデザインの文法に該当します。デザインの文法に沿って要素を組み合わせることで、特定の意味や印象を表現することができます。

デザインの文法によって要素が組み合わさることで、異なる視覚的な表現が生まれます。例えば、一連のフォーマルなデザイン要素を組み合わせることで、格式張った印象を与えるデザインが実現されます。逆に、自由で元気なデザインを表現するためには、よりカラフルでダイナミックな要素の組み合わせが重要となります。また、静かで落ち着いた印象を伝えるためには、シンプルでバランスの取れた要素配置が重要となります。

デザイン表現とは

デザインのボキャブラリーと文法は、デザイナーが意図したメッセージや表現を視覚的に伝えるための重要な手段となります。適切な要素の組み合わせと文法の遵守あるいは破壊によって、デザインは知覚的に意味として理解されるようになります。

このことは、デザインの専門家や関係者の間で共有され、デザインの制作や評価において重要な役割を果たします。共通の意味体系や認識は、デザインのコミュニケーションや理解を促進し、意図したデザインの表現や効果を達成するために不可欠です。

このように、非言語のボキャブラリーや文法は、特定の分野やコミュニティにおいて共通の言語となり、情報の共有や意思疎通を容易にします。それぞれの分野のボキャブラリーや文法を理解することは、その分野でのコミュニケーションや表現を深める上で重要です。

記号を用いる際の注意点

記号を用いる際には、文化的背景が記号の意味に影響を与えるという重要な注意点があります。同じ記号でも、異なる文化や社会においては異なった意味を持つことがあります。

文化は、人々が共有する価値観や信念、習慣、言語などの体系的な要素から成り立ちます。これによって、特定の記号やシンボルに対して共通の意味が形成されるのです。たとえば、ある国や地域では特定の色が幸福や富の象徴とされる一方で、別の国や地域では悲しみや喪失の象徴とされることもあります。

したがって、デザインやコミュニケーションの文脈で記号を使用する際には、対象となる文化や社会の背景を理解し、意味の違いを考慮する必要があります。特定の記号が特定の文化圏で一般的に理解される場合でも、異なる文化においてはその意味が異なる可能性があるため、注意が必要です。

また、文化的な意味の違いだけでなく、個人の経験や教育、所属するグループなども記号の解釈に影響を与えることがあります。同じ文化内でも、個人によって記号の理解や評価が異なることがあります。

このような文化的背景での意味の変化に注意しながら、デザインやコミュニケーションにおいて記号や記号化された意味体系を用いる際には、対象となる受け手層の文化やバックグラウンドを考慮し、意図したメッセージを適切に伝えるよう配慮する必要があります。

記号的理解と認知的理解

ここまで、主に記号の働きと記号的理解について解説してきました。

実際のビジュアルコミュニケーションでは、記号的な理解の他に認知的な理解というものがあり、記号的理解と認知的理解は相互に影響していますが、情報の受容や解釈のプロセスにおける異なる側面を指します。

記号的理解

記号的理解は、の文化的背景や社会的合意に基づいて形成された記号の意味を理解する能力です。例えば、言語における単語や文章は記号的な要素であり、特定の言語共同体においては共有の意味を持ちます。また、デザインにおいても特定のカラーやアイコンが特定の意味を表現する事などを説明してきました。記号的理解は、事前に学習や文化的背景の理解が必要となる場合があります。

認知的理解

一方、認知的理解は、個々の受け手が情報を処理し、自身の認知の枠組みや経験に基づいて意味を構築する能力を指します。認知的理解は、個人の知識、経験、感情、関心あるいは身体的特性や能力などの要素が関与します。受け手は、自身の知識や経験に基づいて情報を解釈し、個別の意味を与えることがあります。このため、同じ情報でも個人によって解釈や理解が異なる場合があります。

また、情報の処理や記憶に関する認知科学の研究も重要です。人間は情報を受け取り、処理し、記憶する能力を持っています。デザインやビジュアルコミュニケーションにおいては、情報の効果的な処理と記憶の促進が重要な要素となります。

認知科学の観点からは、情報の受容や解釈は知覚、注意、記憶、意味の処理などの認知プロセスに基づいて行われると考えられます。これらのプロセスは個人の認知能力や経験、文化的背景に影響を受けるため、デザインやビジュアルコミュニケーションの設計においては、受け手の認知的な特性を考慮することが重要です。

記号的理解と認知的理解は相互に関連しています。記号的理解は、特定の文化や社会的背景で共有される意味を理解する基盤となります。一方、認知的理解は、個人の経験や知識に基づいて情報を個別の意味に結び付ける役割を果たします。両者の相互作用によって、情報は受け手によって解釈され、意味を持つことが可能となります。

認知的理解については、こちらで記事にしていますのでご参照ください。

Summary

デザインにおける意味伝達は、記号と認知の相互作用によって成り立ちます。デザイナーは、適切な記号を選択し、それを認知の観点から理解されやすくするための戦略を考慮する必要があります。また、文化的なバリエーションや異なる受け手の背景を考慮することも重要です。
デザイナーはこれらの関係を総合的に理解し、効果的なデザインを実現するためにそれらを活用する必要があります。