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認知と行動|UI設計の基礎理論 アフォーダンスとシグニファイア

認知とは、情報の処理や知識の獲得、思考、意識など、人間が知覚や理解を通じて内部で行う心の活動のことを指します。認知は外部の刺激に対して情報を受け取り、それを解釈し、意味を作り出すプロセスです。

 

私たちは認知を通して行動を起こします。こうした人間の行動と、機械やコンピューターシステムの間を取り持つのがUIです。このUI設計の善し悪しは、行動のエラーを抑制したり、目的達成の効率を向上するなど、ユーザー体験の向上に大きく関与します。

 

では、どのようにすれば良いUIと言えるのでしょうか。ここでは、Ui設計において援用される認知科学の領域から、アフォーダンスとシグニファイアを中心にご説明します。

アフォーダンスとシグニファイア

アフォーダンスとシグニファイアは、UI(ユーザーインターフェース)の設計において重要な役割を果たします。以下に、それぞれの概念がUI設計にどのように活用されるかを説明します。

アフォーダンス

ジェームズ・J・ギブソンによって提唱された概念で、物体や環境が提供する「使い方の可能性」を指します。つまり、対象物や環境が持つ特性や機能が、人々の行動や認知の選択を促す手がかりとなるという考えです。

例えば、椅子は座ることを促すアフォーダンスを持っています。形状や高さ、座面の配置などが人々に座る行動を引き起こす手がかりとなります。椅子があることで、人々は座ることができる環境が提供されます。

また、階段は上り下りすることを促すアフォーダンスを持っています。階段の段の高さや幅、手すりの設置などが、人々が階段を利用して昇降する行動を選択する手がかりとなります。

シグニファイア

ドナルド・A・ノーマンが提唱した概念で、物体や環境が持つ情報や意味を指します。シグニファイアは、人々に対して何かしらのメッセージや指示を送る役割を果たします。例えば、道路標識やアイコンは特定の意味を伝えるシグニファイアとなります。

例えば、ドアの取っ手は引くことを促すシグニファイアを持つことが望ましく。「引く」か「押す」かを直感的に理解できるようなデザインであることが適切であるとし、それをシグニファイアとして説明しました。

ちなみに、日本はドアの両面で同じ形状のドアノブが一般的であり、欧米では押す側と引く側で異なる形状であることが一般的です。日本のドアノブは、「押す/引く」のシグニファイアがないので、頻繁に行動エラーを起こすことが知られています。

アフォーダンス論の成り立ちとUIへの応用

そもそもアフォーダンス論とは、ギブソン博士によって提唱された生態心理学(Ecological Psychology)の概念の一部を指す俗称です。ギブソン博士は生態心理学の枠組みの中でアフォーダンスの概念を導入し、環境と認知の関係について説明しました。

アフォーダンスという言葉自体は英語の”afford”(提供する、与える)から派生し、物体や環境が特定の行動を提供する、可能にするという意味を表しています。この用語はギブソン博士の生態心理学的なアプローチにおいて、物体や環境が人間に対して持つ意味や行動の可能性を指す概念として注目されました。

ギブソン博士のアフォーダンス論

ジェームズ・J・ギブソンは、生態心理学を提唱する際に、生態心理学は行動主義やゲシュタルト心理学からの影響を受けており、これらの心理学的アプローチに触発されました。

生態心理学は、行動主義の強調する行動と環境の相互作用や学習の原理、そしてゲシュタルト心理学の統合的な知覚のアプローチを取り入れつつ、人間の行動と環境の関係を理解しようとする学問です。

行動主義は、行動と環境の関係に焦点を当て、学習や行動の原理を調査しました。ギブソン博士は、生態心理学においても環境と行動の関連性を重視し、人間の行動を環境との相互作用として捉えました。

また、ゲシュタルト心理学は、統一体や整然性の原理に基づき、知覚や認知の研究を行いました。ギブソン博士はゲシュタルト心理学のアイデアに基づき、知覚の過程を生態学的な視点から解釈しました。彼は環境の情報を統合し、意味のある全体としての知覚を強調しました。

生態心理学のユニークな視点とは

ギブソン博士の生態心理学的アプローチでは、赤ん坊であれ、動物や虫などであれ、認知能力のある生物が環境の情報を感知し、アフォーダンスを通じて適切な行動を選択するという視点を重視します。このアプローチでは、知覚は環境の情報を直接感知し、行動の指針となるアフォーダンスを選択するプロセスとして捉えられます。

ギブソン博士のアフォーダンス論では、アフォーダンスは環境の持つ情報として捉えられます。つまり、物体自体が提供する操作や使用の可能性を指します。

ドアノブの場合、ギブソン博士のアフォーダンスの観点からは「つかむことができる」というアフォーダンスを持つとされます。このアフォーダンスは、ドアノブが手の形状に合っており、つかんで操作することが容易であることを示唆しています。

また「つかむ」というアフォーダンスは人間やサルなど手の発達した生物の場合で、他の動物や虫であれば、「手や足をひっかけられる」「乗れる、とまれる」事をアフォードしてしていると考えられます。

ノーマン博士のアフォーダンス論

ドナルド・A・ノーマンは、認知心理学や人間工学の分野で長年にわたって研究を行ってきました。彼の研究の背景には、人間と技術の相互作用の理解や、人間中心の設計の重要性を探求する意図があります。

ノーマン博士は、心理学や認知科学の観点から、人間の知覚、認識、学習、記憶などのプロセスを研究しました。彼は、人間の認知能力や行動パターンを理解することで、技術や製品の設計を改善し、ユーザーの体験を向上させることを目指しました。人間中心の設計原則やインタラクションの理論を提唱し、製品やシステムの使いやすさや効率性を向上させるための指針を示しました。

ノーマン博士のアフォーダンスとシグニファイアの理論は、ギブソン博士の生態心理学から発展し、UI(ユーザーインターフェース)設計において具体的な応用がされています。UIデザインにおいては、ユーザーに対して直感的な操作や意図を伝えるために、アフォーダンスを引き出すためのシグニファイアを適切に利用することが重要とするのがノーマン博士の主張でしょう。

アフォーダンスと区別されるシグニファイア

ノーマン博士が提唱したシグニファイアの概念は、ユーザーが物体やインタフェースを認識するための手がかりとして、デザインによってアフォーダンスを引き出すものであり、ギブソン博士のアフォーダンス理論とは異なる側面を取り入れています。

ギブソン博士のアフォーダンスは生態学的なアプローチで、自然界に存在する情報に対する認知の働きについて言及しているのに対し、ノーマン博士のアフォーダンス論では、造られた物体やデザインが人間の意識的な判断や行動に対して引き起こす影響を指しているのだと思います。

例えばドアノブの場合、ノーマン博士のアフォーダンスの観点からは「引くことができる」というアフォーダンスが重要視されます。ノーマン博士は、デザインが人々に対して望ましい行動を促すシグニファイアを持つべきであると主張しています。そのため、ドアノブのデザインは引くことを直感的に示唆し、人々が適切な操作を行いやすくするために工夫されるべきだとされます。

アフォーダンスと情報処理モデル

情報処理モデルとは、人間の認知を情報処理システムとして捉えるものです。情報が感覚器から入力され、処理されてから行動や反応が生じるという過程を段階的に考えます。このアプローチでは、人間の認知活動を情報の入力、エンコーディング、ストレージ、検索、復元、判断、意思決定などのステップに分解しようとします。

情報処理モデルは主に認知の情報処理や意識的な思考をモデル化するアプローチですが、直感的な意思決定や非意識の認知、パターン認識といった認知行動や現象は、このモデルだけでは完全には説明できません。

アフォーダンスは認知と行動の関連性に焦点を当て、環境の特性や機能が行動を促す役割を果たすという視点です。情報処理モデルでは説明しきれない直感的な行動や非意識の認知などを考慮するために、アフォーダンスの概念が重要視されています。

UIの中のアフォーダンス

ユーザーインターフェース設計においてアフォーダンスを考慮することは、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスの向上に繋がります。

UI要素やデザイン要素がユーザーに対して明示的な操作方法や意味を伝えることで、ユーザーが直感的に操作できるインターフェースを提供することが目指されます。例えば、ボタンのデザインや配置、アイコンの使用などがアフォーダンスの考え方を具体的なデザインへと落とし込む一例です。

例えば、ナビゲーションパネルはウェブサイトやアプリケーションの異なるセクションや機能へのリンクを表示するために使用されます。それぞれのリンクは区分されたエリアに配置され、視覚的に区別されています。ユーザーはこのナビゲーションパネルのアフォーダンスを知覚し、各リンクが異なる操作や情報へのアクセスを提供していることを認識します。

アフォーダンスは、ユーザーがUIを理解し、適切な操作や情報へのアクセスを行うための重要な要素です。UI要素が適切に区分され、差別化された情報を提供することで、ユーザーは直感的にUIを操作することができます。

デザインされた情報の手がかり、シグニファイア

シグニファイアは、ユーザーに対して行動の可能性を示唆するようにデザインされた情報や手がかりです。

つまり、アフォーダンスは物や環境そのものが持つ特性や可能性を指し、生じる状態や関係の相互作用を表します。一方、シグニファイアはデザイナーが意図的に付与する情報や行動の手がかりを指し、デザインによって生じる意味や行動の示唆を表します。

例えば、アイコンやボタンの外見が「タップしてみると何かが起こる」というシグニファイアを提供し、ユーザーがその要素をタップして試してみることを促します。

ボタンのデザイン、色、配置などがユーザーに対して「クリックして何かを実行する」というシグニファイアを示します。ユーザーはこの情報を知覚し、ボタンをクリックすることで所望のアクションを起こすことができます。カーソルの点滅などもシグニファイアです。

優れたUIとは何か

アフォーダンスとシグニファイアは、ユーザー体験を向上させる要素の一部としてUI設計に活用されます。アフォーダンスは、ユーザーに行動の可能性を示す情報を提供し、シグニファイアはユーザーに対して特定の行動を促す手がかりを与えます。これらの概念は、ユーザーが直感的にUIを理解し、効果的な行動を起こすことを支援します。
以下に、優れたUIを考える上での、いくつかの要素を例示します。

直感的な操作

優れたUIは、ユーザーが直感的に操作できるように設計されています。ユーザーはUI要素や機能を理解し、意図した行動を取ることが容易であり、迷うことなく目的を達成することができます。この直感性を実現するために、アフォーダンスやシグニファイアといった要素が重要な役割を果たします。

一貫性と規範性

優れたUIは、一貫性と規範性を持つデザイン原則に基づいています。ユーザーは、異なる画面や機能間でも一貫した操作方法やレイアウトを期待します。一貫性は、ユーザーが覚えやすく、効率的に操作できるようにするために重要です。また、業界の標準的なデザインシステムに従い、デザインパターンやコンポーネントを使用することで、ユーザーはUIをより早く理解できます。同様の観点で、OSレベルのデザインとの親和性を持つことも重要です。

明確なフィードバック

ユーザーが行った操作に対して明確なフィードバックが与えられることは重要です。行動した結果を視覚的、音声的、触覚的な情報として提示することで、ユーザーは自身の操作がシステムに受け付けられた事を認識します。このように受け取られ処理されたことを知ることができれば、彼らは自分の行動を適切に評価し、次のステップを進めることができます。

エラー回避と修復

優れたUIは、ユーザーがエラーを起こしにくいように設計されています。また、もしエラーが発生した場合でも、修復が容易であるべきです。ユーザーが適切な支援や手順を得て問題を解決できる環境を提供することが重要です。前述のフィードバックなども、その一例です。

適切なフィードバックが得られないと、ユーザーは何度も同じことを繰り返したり、エラーを引き起こしやすくなります。

ユーザーのニーズへの適応

優れたUIは、ユーザーのニーズやコンテキストに適応できる柔軟性を持っています。例えば、異なるデバイスや環境であっても、同じように利用できることや、デバイスに応じて適切に変更を加えることなどが挙げられます。また、パーソナライズやカスタマイズの機能を提供することで、ユーザーが自分に合った操作環境を作り出すことができます。

機能的な美しさ

美しさは主観的要素を含みながらも、ユーザビリティと体験価値向上の重要な要素でもあります。美しいデザインは、ユーザーに視覚的な快適さや満足感を与えるだけでなく、使いやすさや情報の伝達効果を向上させる効果が期待できます。視覚的に魅力的なデザインは、ユーザーの興味を引きつけ、長時間の利用においてもユーザーエンゲージメントを高めることができます。

良いUI設計は、ユーザーの認知と行動の特性に配慮し、彼らが自然な対話を持つことができる環境を作り出します。これにより、ユーザー体験が向上し、目的の達成やエラーの回避が容易になります。

認知的なUI設計に関する指針はこちらもご参照ください。

UI設計とは、知覚との対話を楽しむこと

UI設計はユーザーとのインタラクションを通じて情報を伝え、タスクを実行するための手段を提供します。その際、ユーザーの知覚との対話が重要な要素となります。

良いUI設計は、ユーザーの感覚や認識に合わせて情報を提示し、ユーザーが直感的に操作や理解を行えるようにします。ユーザーがUIを通じて情報を受け取り、行動に移す際に、知覚との対話によって認知が生まれます。この対話は、アフォーダンス、シグニファイア、情報処理モデルなどの概念を理解し、適用することで深まります。これらの概念を知ることで、UI設計者はユーザーの認知と行動を考慮し、使いやすく、効果的なインターフェースを作り出すことができます。そして、ユーザーエクスペリエンスの向上や効果的なインタラクションの実現に重要な役割を果たします。

Summary

ユーザーがUI要素を視覚的に認識し、触覚的に操作することで、情報の受け渡しやタスクの遂行が行われます。この認知がスムーズであり、ユーザーが楽しく、自然なインタラクションを経験することができれば、良いUI設計と言えます。

 

UI設計者は、ユーザーの感覚や知覚に配慮しながら、視覚的な要素、音声や触覚のフィードバック、操作のフローなどを設計することで、ストレスや誤操作の少ないユーザー体験を提供します。
ユーザーがUIを通じて情報を理解し、行動に移す過程で、直感的で楽しい対話が生まれることを目指すのが良いUI設計の目標です。